戦国のデザイン力

フランスのシャモニーの列車。
戦国のデザインがある。
運転席の手前で通路が折れ曲がり、直進できないようになっている。

実は、江戸時代よりも、戦国の方が、デザイン力は高い。

器の直し、金継ぎを見てみると、

①戦国   秀吉の筒井筒
②江戸初期 本阿弥光悦の雪峰
③江戸以降 金継ぎ

①秀吉は、漆で直していたんですね。
器と、調和している。

②金継ぎの祖と一説のある、光悦。
戦国を懐かしむ大名に応えたか、金で、溶岩のように流れる鉄を表現。

丸い器との違和感は、江戸の泰平を、心底では破壊したかったか?

光悦までは、金を使う必然性がある。

③江戸以降の金継ぎは、器と調和していない。

 

◯江戸が間違えてしまうメカニズム

なぜ流行ったのか考えると、、、

刀を捨てた武家が、金属を懐かしむ – 光悦
 ↓
武家に憧れる商人が、真似る
 ↓
お金信奉も重なり、広まる – ステータスと願掛け
 ↓
江戸信奉の現代まで、引き継がれる

つまり、権威者や先代を、真似ているだけなんですね (^_^)

江戸から現代までの歴代の美術専門家よりも、秀吉一個人の方が、アートにおいても優れている。

 

◯美術専門家のエゴ

どうしてそうなるのか?

秀吉は、ワラジを暖めていた伝説の通り、自分の体感を信じることが出来る。

何が、ホモ・サピエンスの感性に響くか、分かっている。上司や顧客に迎合することとは、違う。

対して、美術専門家は、他の美術家と差別化することにこだわり、おかしなものを作ってしまう。エゴが、現れてしまう。

一夜城を作ったという伝説の秀吉。
政策力と実行力がある。
アートの世界に、エゴを持ち込む必要がない。
虚心坦懐に、良いもの見極めることが出来る。

 

◯二代目の問題点

工芸家は、エゴは少なく見える。
しかし、実は先代の作法を守っているだけ。
そして、金継ぎが現代まで信奉される。

茶道の千家。
利休は、離れに狭い入り口の茶室を創った。
刀という道具を置いて、2人きりで対話する。

それが、秀吉と武将の実のある対話を促進し、種子島の余波の中で、日本を統一させた。

朝鮮出兵が、女真族による清王朝建国のきっかけとなり、明の亡命政権が台湾から東インド会社を追い払う。秀吉と利休が、日本を南蛮から守ったとも言える。

現代の千家は、利休の精神を受け継いでいるだろうか?

茶筅を回す手つきは、代々、先代から引き継いでいるが。

海岸にキャンピングカーを設け、スパイスチャイのブレンドをトライアルする方が、利休の精神を体現していると言えるのでは? (^_^)

 

◯「失われた20年」の戦犯?

エゴはまた、「失われた20年」の一因でもあります。

自分が、ウイルスを殺せる、深紫外線LEDを開発した際。

転職しジョインすると、初代が作った構造を、頑なに守っている。
虚心坦懐にデータを観ると、異なるアイデアが出てくるのだが。
断捨離を進めると、上手くいく。

この場合、先代に気に入られたい、あるいは、先代から外れるのが怖い、というエゴが、ジャマをしていた。

 

◯東アジアの伸びは、コストだけではない

半導体の微細化。
台湾のTSMCは、愚直に実験をする。
アメリカのようなキルビーの弟子は居ないが、今ではインテルを超える。

日本のメーカーは、頭で思い込んだ水準だけテストする傾向がある。

東芝は、比較的愚直に確認するが、Samsungに負けた。

韓国は、Samsung一社で、NANDとDRAMの両方を開発する。メモリの違いは、記憶素子が主。配線やゲートなど、類似の工程は、知見を直接活用できる。

日本は、NANDは東芝、DRAMはエルピーダと、2社に分かれた。「選択と集中」の題目の下に。

国レベルで言えば、重複開発に割く、ハンデを背負ったとも言える。

・TSMCのように、技術者や経営者のエゴを捨て、虚心坦懐に実験するか。

・韓国のように、アメリカのお題目を盲信せず、自ら責任を背負ってジャッジを下せるか。

やはり、権威者や先代のマネをするだけではなく、またエゴも持ち込まないこと。これが、GDPを回復させる、1つのポイントになる。

 

◯表面的に、反対の策にすることの問題点

単純に、マネとエゴを否定すると、、、

・エゴの否定 → 無責任
・マネの否定 → 差異化

無責任に、差異化を試みるだけになってしまう。

コンサル思考で、欧米と比較するロジックツリーを描いて、枝葉の裏を単純に採っても、ダメなんですね (^_^)

 

◯あらためて、戦国を見直してみよう

秀吉が、エゴを持ち込まずに済んだのは、政策を考え、実行していたから。

良いものを見極めることが出来たのは、自分の=ホモ・サピエンスの体感を、信じることが出来たから。

マネの超克は、利休の弟子、古田織部を見ると良いでしょう。

黒楽茶碗で色まで否定し切った利休に対し、偽物に見えやすい緑釉を、家の中に取り込んだ。

丸い茶碗から、直線を入れ込んだ。

ともすれば、ガンダムのようなガチャポンのデザインに陥る危険性はありますが、先代を否定できる強さがあった。

師匠を否定できる反骨が嫌われたか、越境する文化人として懸念されたか、江戸幕府に斬られましたが、歴史に名を残した。

戦国以前の方が、面白いですよ〜

江戸以降の金継ぎ
戦国〜江戸の光悦 – 金継ぎの創始者とも
戦国の秀吉

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